慶長出羽合戦 終戦後の両軍 

おはようございます。
山形営業所の小玉です。

前回の最後に次回は山形城・・・と予告したのですが、
今回も慶長出羽合戦の続きです。

慶長出羽合戦 終戦後の両軍 

慶長終戦後1

慶長終戦後2

慶長終戦後3

徳川家康が後顧の憂いなく、関ヶ原合戦に全力を傾注できたのは、最上義光が
上杉を牽制したからだと言われる。
その点で、半月もの長期間にわたって上杉軍を釘づけにした「慶長出羽合戦」は、
大きな意味があると徳川家康は考えた。

合戦後の論功において、義光は33万石という異例の加増を受け、置賜を除く
山形県全部と秋田県南部を含む57万石の大大名になった。
これは全国でも第5位に入る。
 
慶長終戦後4

合戦後の最上時代は、新たな山形の夜明けであった。都市山形はここから
スタートし、色んな面で大きな飛躍を遂げた。
「最上百万石」と称される「山形の黄金時代」がここに現出したのである。
  
慶長終戦後6

長谷堂城を守り抜いた志村光安は、酒田3万石の城主に栄転し、港町酒田
の建設と繁栄のために力を尽くした。

上杉氏は米沢30万石に減封されるが、直江兼続は藩政を確立し、米沢の街
づくりに大きな功績を残した。

慶長終戦後5

長谷堂地内、国道458号線のかたわらにある「主水塚」は、敵将を惜しみつつ、
敵味方の隔てなく手厚く弔った山形人の心を、今も語り続けている。


これにて、慶長出羽合戦の紹介を終了させてもらいます。

後ほどは、活躍の場がなかった山形城や直江兼続が最上領域で1番手にいれ
たかった東根城の紹介をします。

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