山形の歴史・・・

おはようございます。
山形営業所の小玉です。

前回(5月6日)の慶長出羽合戦(東の関ヶ原の戦い)の続編とさせてもらいます。
みなさんも、この隠された名城で歴史の余韻に浸ってみてはかがでしょうか。

今回紹介するのは最初の合戦地畑谷城です。
畑谷城は、山形城の支城の一つであり、村山地方と置賜地方の境界付近に位置
している。山頂の主郭部分の四方は帯郭や空堀が巡らされ、また、主郭の西方100m
の平坦部には三重堀、同じく東側には大規模な空堀と土塁が配置されている。
慶長5年(1600年)の慶長出羽合戦において、上杉軍(総大将・直江兼続)が約2万余の
軍をひきいて山形城を目指し攻めのぼってきたときの最上軍と上杉軍の最初の激戦地
であり、2日間の攻防の末、城主・江口五兵衛光清ほか500人が討ち取られて落城した。
城の兵は150人と言われ、残りの350人が民ではないかともいわれている。最上義光は
江口光清に撤退を命令していたが、江口以下、城兵は命令を無視し玉砕を覚悟で必死
に抵抗する。しかし兵力の差はいかんともし難く、畑谷城はその日のうちに落城、江口は
敵軍の中に斬り込んで一戦した後、自害して果てた。
しかし江口の激しい抵抗は、上杉軍にも1000人近い死傷者を出させた。
畑谷城の空堀は、上杉軍侵攻の知らせを受けてから早急に掘られたもので、全てが深く、
西方の三重堀は全国でも珍しいものであります。

畑谷城1

畑谷城2

畑谷城3

畑谷城4

畑谷城5

畑谷城6

畑谷城7

畑谷城8

まだまだ続く山形の歴史・・・・・
次は上山城かも。

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